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神戸地方裁判所 昭和53年(行ク)10号 決定 1978年9月12日

申立人

澤井政明

被申立人

神戸刑務所長

加納栄

右指定代理人

宇田川秀信

外三名

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一申立の趣旨及び理由

申立人は「被申立人は申立人作成に係る裁判所宛本案訴訟関係文書について検閲をしてはならない。」との決定を求め、その理由として「申立人は別紙(一)の記載内容の訴状をもつて本訴を提起したが、その訴えの一部(訴状請求の趣旨第三項)については、終局判決を待つていては回復することができない損害を蒙るものがあるので、行訴法二五条二項により本件申立に及んだ。」というものである。

二被申立人の意見

別紙(二)記載のとおりである。

三当裁判所の判断

(一)  本件疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

1  申立人は、昭和四八年一一月一二日京都地方裁判所において強盗強姦罪、有印公文書偽造罪により懲役七年に処せられ、大阪拘置所から昭和四九年一二月一八日神戸刑務所に移送され、爾来同刑務所で服役中のものであること、

2  申立人は、昭和五三年七月一〇日、被申立人に対し、被申立人の申立人に対する行刑上の処置・処遇の取消等を求める裁判所宛訴状等の作成を願い出て翌一一日被申立人からその許可を得たので、当裁判所宛別紙(一)の記載内容の訴状のほか本件執行停止申立書及び訴訟救助付与申立書(以下本件訴状等という)を作成し、同年八月一日その書留発送を願い出たところ、被申立人においてこれを許可して同日その発送をしたこと、

3  ところで、被申立人は、刑務所においては受刑者の発受する信書の検閲は必要不可欠なものとして監獄法令でこれを行うことが義務付けられており、その内容が不適当と認められるときはその該当する部分を削除抹消して発受を許し、又はその全部の発受を許さないことができるとされている(但し、裁判所その他の公務所からの在監者宛文書は、公文書として一般の信書とは別個の取扱いがなされ、その文書を「披閲」して内容を確認するのみで部分的な削除抹消又は受信不許可はしないこととされている)ところから、本件訴状等の発送許可に際してこれを検閲したうえ、原文のとおりそのまゝ発送を許可したこと(なお、訴状等裁判所宛受刑者の発送文書は検閲の対象とされてもその文書の性質上、行刑実務の運用としては、原則として、削除抹消あるいは全部不許可の処置はとらずに発送を許可する取扱いをしている)、しかして、被申立人は、今後とも、申立人の裁判所宛発送文書の発送許可に際して同様の検閲をなすであろうこと、

以上のとおり一応認められる。

(二)  なお、本件訴状等が昭和五三年八月三日(次いで別紙(三)の訴変更申立書が同年九月一一日)当裁判所に到着して受理され、しかして、その訴状により、申立人を原告、被申立人を被告として「被告は原告作成に係る裁判所宛本件訴訟関係発送文書の検閲を止めよ。」(訴状請求の趣旨第三項・右訴変更申立書の請求の趣旨第七項もこれと同じ)との本案訴訟を提起したことは当裁判所に顕著である。

(三)  しかるところ、本件における本案訴訟は、その請求の趣旨に徴し、被申立人に対して申立人作成に係る裁判所宛文書の将来の検閲の差止めを求める不作為の義務付け訴訟(予防的差止め訴訟)であつて、具体的な文書に対する既存の検閲処分の取消を求める訴訟でないことは明らかである。ところで、右のような不作為の義務付け訴訟自体については、行政庁の義務内容が一義的に明確なものでその第一次判断権を実質上侵害する虞がなく、義務付け訴訟を認めないことによる損害が回復すべからざるもので他の救済方法がないとき等の要件を具備する場合において許容され得るものと解されるとしても、執行停止に関し、行訴法二五条二項は「処分の取消しの訴えの提起があつた場合において、処分の効力、処分の執行又は手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるときは、裁判所は、申立てにより、決定をもつて、処分の効力、処分の執行又は手続の続行の全部又は一部の停止をすることができる」と規定し、同条は、同法三八条三項で無効確認の訴えについてのみ準用されているにすぎないこと、しかも同法四四条において行政庁の処分その他の公権力の行使に当る行為につき仮処分をすることを禁止している趣旨にかんがみると、本件の如き義務付け訴訟を本案とする本件執行停止の申立は、行訴法上これを許容していないものと解さざるを得ない(もし、このような執行停止を認めるとすれば、その実、満足の仮処分をするのと異らないこととなる)。

そうすると、本件申立はこの点において不適法というべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく失当たるを免れない。

(四)  よつて、本件申立はこれを却下することとし、申立費用につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(阪井昱朗 谷口彰 上原理子)

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